近頃ハワイの歴史に興味を持ち、自分でも少しずつですが勉強しています。
せっかくハワイにいるので、ハワイの歴史を勉強してもっとハワイを好きになろうと思いました。
勉強しだすと面白いことがいっぱいあって、もっともっとと欲が出ています。
そんな中でも自分が興味を持ったものを配信していければと思っています。
今日のお話はハワイは地域を平等に分けられて暮らしていたんだよ~という話です。
みなさんは、こんな標識をハワイで見たことがありますか?
この茶色い看板はハワイの歴史や史跡を表すものです。
今回のこの看板の意味は、昔のハワイの県境を示すようなもの(アフプアア)となっていました。
アフプアアとは、正確には伝統的なハワイの土地区画のことを言います。
ハワイはその昔、山から海にかけてピザ型のように住むところを分けられていました。
山から海にかけてピザの真ん中からピザの耳に広がっていく感じです!
今でいう村や県のようなもので、地域ごとに分けられていました。
その地域のその広さや面積は、
その区画の中に水や食べ物など生活必要なものがどれだけあるかで広さが変わっていました。
農業、漁業などはもちろんですが、一番の命の身なものと”水”=水を運ぶ川を基準にして
決められていたそうです。
島に住む人々が平等に暮らしていけるように、
大きな川や良い土壌があるところは狭く設定され、資源が少ないところは広めに設定されていました。
小さな島の中で争いが起きぬよう考えられた素晴らし考えですよね。
今でも島の一部には、かつてアフプアアの境だったところに石垣があったりと、
少しだけその面影が残っているようです。
この看板もワイキキではアラモアナブルーバードや、ピイコイ通りにもありますよ!
他にも西のマカハやワイアナエあたりでもよく見かけます!
今度ハワイに旅行に来た際には、ちょっとこの看板を探してみるのはいかがでしょうか?