- アメリカで働き方に悩む私が、フルリモートを選ぶまでの過程と本音。
アメリカに来てから、
私は自分がまさか**「通勤ができない人」**になるとは思ってもみませんでした。
日本では満員電車も平気で、
どこへでも通っていました。
でも、ロサンゼルスでは違いました。
運転がすべての街。
車がないとどこにも行けない街。
そんな場所で、私は2度交通事故の被害に遭いました。
1度は車にはねられ、
2度目は轢かれそうになり、
そこから完全に運転が怖くなりました。
そこから私は、“職場に通える仕事”ではなく、
“通わなくても生きていける仕事” を探すようになりました。
■ 「働き方」よりも「生き延びること」が優先になった
正直、アメリカに来てからの働き方探しは
“理想のキャリア”ではなく、
“どうすれば生活できるか” が優先順位の中心にありました。
-
英語力がネイティブほど高くない
-
運転ができない
-
日系企業は給料が安い
-
現地企業は専門スキルか強い英語力が必須
-
稼げる仕事は運転必須 or 英語力必須
-
旅行業は天職だが給料が安すぎて生活できない
これらが重なり、
自然と私は**「働きに行ける環境」**を第一に考えるようになりました。
自分のやりたいことよりも、
条件や生活のしやすさを優先せざるを得ないのが現実でした。
■ フルリモートの仕事に出会ったときの衝撃
そんな中で出会ったのが、
完全フルリモートの今の仕事でした。
私は思いました。
「家から出なくていいなら、私でも働ける」
「誰かの目を気にせず、黙々と仕事ができるなんて夢みたい」
そして働き始めてみると、
想像以上に自分に合っていました。
■ フルリモートが私に合っていた理由
① “人疲れ”しない
アメリカに来てから、
私は「人に会う」ということに疲れやすくなりました。
もとは人が大好きで、交流も大好き。
人に会っておしゃべりするのも大好き!
そんな私が、英語が完璧ではない分、
会話をするたびに緊張していたからです。
あとは、仕事で自信を失って人と話すことに自信も失いかけていました。
フルリモートだと、
必要な会話だけをすればいい。
必要なとき以外は静かに作業ができる。
これは私にとって大きな救いでした。
② 毎週のミーティングは10分で終わる
日本のような長い会議はなく、
アメリカ的な「必要なことだけ伝える」文化。
これが本当にラクでした。
-
無駄な雑談なし
-
資料作りに無駄な時間を取られない
-
“とりあえず集まる”ことがない
特に私は日本的な“空気を読むミーティング”が苦手だったので、
短く効率的なミーティングは天国でした。
③ 通勤がないというのは“命が削れない”ということ
運転が怖い私にとって、
通勤は「毎日命の危険を感じる時間」でした。
ロサンゼルスでは自分が起こす事故よりも
相手からの過失がはるかに多く、またやられ損になるケースも多いです。
それがなくなっただけで、
精神的な負担は劇的に軽くなりました。
④ 自分のペースで働ける
フルリモートの仕事は、
良くも悪くも自己責任です。
それが私には心地よく、
時間の使い方も自分で決められるので、
-
仕事の効率が上がる
-
ストレスが少ない
-
生活の満足度が高い
という状態を作ることができました。
■ ただし、フルリモートには“孤独”というデメリットもある
私はほとんど人に会わなくなりました。
しゃべる量が極端に減り、
運動量も減り、
健康面の心配は正直大きいです。
家にいて全く動かないと、1日で35歩なんてこともザラです笑
孤独感が強まる日もあります。
だから、これからは
運動の習慣を作ったり、
外に出る工夫をしていきたいと思っています。
たまに家でHIITトレーニングをしてますが、
それでももっと動きたい!誰かと一緒に汗を流したい!と思うこともあります。
■ アメリカで働くということ:理想よりも“現実”のほうが重い
この記事①②③を通して痛感したのは、
アメリカで働くのは
「やりたいこと」ではなく、
『できること』で戦う場だということ。
もちろんスキルがある人は
その分チャンスを掴める国です。
ですが、私のように“なんとなく来た”場合、
本当にいばらの道だと思います。
でも、その中で
私は「自分に合った働き方」を見つけました。
-
通勤が不要
-
人間関係の疲れが少ない
-
自分のペースで働ける
-
自分を追い詰めずに働ける
これは、何よりも大きな一歩でした。
■ まとめ:フルリモートは“逃げ”ではなく、“選んだ生き方”だった
かつての私は、
フルリモートを「逃げ」だとどこかで思っていました。
けれど今は違います。
これは私が自分を守りながら、
自分らしく生きていくために
“選んだ働き方” です。
アメリカで働くことは簡単ではないけれど、
自分の心と体を守りながら働く方法が見つかったことは、
私にとって大きな収穫でした。

